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東京高等裁判所 昭和43年(ラ)712号 決定 1970年6月10日

抗告人

岩崎平作

代理人

高橋俊郎

相手方

沼田東洋子

主文

本件抗告を棄却する。

相手方のした申立の趣旨の変更に基づき、原決定別紙目録を本決定別紙目録のとおり変更する。

理由

一、本件抗告の趣旨は、「原決定を取消す。本件申立を棄却する。」との裁判を求めるというにあり、その理由とするところは、別紙「抗告の理由」のとおりである。

二、相手方(当審における相方手を指す。以下同じ。)は、当審において、「改築の許可を求める建物を、『木造厚型スレート葺住宅付共同住宅、床面積一階67.32平方米(約20.37坪)、二階56.28平方米(約17.03坪)。北側隣地境界線と建物の外壁もしくはこれに代る柱との距離を1.5米とする。配置、規模、構造の詳細は別紙図面のとおり。』と変更する。」と申立てた。

三、よつて按ずるに、本件の全資料を精査しても、当裁判所の判断は、次に補足訂正するほかは、原決定の説示するところと同様であつて、原決定にはこれを取消すべき違法不当のかどはない。すなわち、

(一)  抗告人は、相手方の本件申立を許すべからざる理由の一として、まず、相手方に賃貸中の土地(以下本件土地という。)に共同住宅が築造されると、日照、通風に恵まれた近隣の快適な生活環境が破壊されると主張する。しかし、本件土地の北側隣地上にある村沢清吾の居宅(以下単に村沢宅という。)を除いては、本件改築によつて具体的にいかなる環境の悪化がもたらされるかはこれを明らかになし得ないばかりでなく(村沢宅への影響の点は後に判断する。)、東京都内における現時の土地利用の状況に鑑みると、相手方の企図するような、本造平家建居宅から木造二階建居宅付共同住宅への改築は、特段の事情のないかぎり、借地の利用上当然許容される範囲に属するといつても過言ではないから、特段の事情のないかぎり本件申立にかかる改築を不許とすべき理由はない。そして、記録によれば、本件土地は、都市計画上住居地域、準防火地域、第二種容積地区に指定された、間口13.5米、奥行9.8米の矩形状をなした土地であつて、その南側は幅員約3.7米の公道に、その東側は幅員約三米の私道(抗告人所有地)にそれぞれ面していること、本件土地付近は住宅街であつて、本件土地の属する街区である、葛飾区青戸六丁目二一番地には二階建建物が比較的少なく、とりわけ、本件土地を含む抗告人所有地の一画は、二階建建物は僅かに一戸で他はすべて平家建であり、しかも共同住宅は皆無であるものの、本件土地の東方畑を隔てた吉野金蔵所有地には二階建の工場従業員寮が建築されており、右街区に隣接する青戸六丁目一九番、同二〇番、同二二番および同二三番の各街区内には多数の二階建建物が存し、その中には共同住宅も多く含まれており、さらに、本件土地を中心として半経約二〇〇米の円内地域に拡大して観察するときは、二階建共同住宅の枚挙にいとまがないこと、本件土地賃貸借契約には、「借地上の建物の増改築等には地主の承諾を要する。」旨の特約が付されているが、右特約は、二階建建物(共同住宅)への改築を禁止する趣旨を含むとは解されないこと(本件土地賃借権が設定された当時、契約当事者らは将来共同住宅が建築されることを予想してはいなかつた形跡がうかがわれるが、さればといつて、右のような建物の築造を禁止する黙示の合意が成立していたと解することはできない。)以上の事実が認められるのであつて、右に認定した、本件土地の位置形状、近隣の土地の利用状況、増改築に関する特約の内容等の諸事情を勘案すると本件改築を不相当たらしめる特段の事情はとうていこれを見出し得ないといわなければならない。いわんや抗告人において抱いている、共同住宅は個人住宅に比して俗悪であるとするかのごとき感情や、共同住宅は火災発生の危険が大であるとの危惧の念は、いずれも本件改築を不許可とすべき正当な事由たり得ない。

(二)  次に抗告人は、原決定中の、「改築建物の外壁を北側隣地との境界線から一五米の距離を保つことにより、右隣地上に存する村沢宅に対する日照、通風を現状程度に確保できる。」との判断は、なんら資料に基づかないものであるばかりか、その結論自体も不正確であると主張するところ、なるほど、記録を検討すると、原審にあらわれた資料中には、右判断の資料たり得るものは見当らず、また、当審において抗告人から提出された、松枝広太郎作成にかかる鑑定結果報告書によれば、原決定が指示している距離を保つても、本件改築によつて村沢宅への日照が現在よりさらに阻害されるであろうことが認められる。しかし、右鑑定結果報告書に、当審において相手方から提出された桑名好文作成にかかる鑑定書ならびに原審における実況見分の結果を総合すれば、「相手方が現に本件土地上に有する建物から南側の敷地境界までは約二米であるが、北側の敷地境界までは約0.85米であり、一方本件土地の北側隣地に存在する村沢宅については、建物南端から南側の敷地境界までは約0.85米(建物の北端から北側の敷地境界までは約1.15米)、の距離を置くに過ぎず、かように相手方所有の建物と村沢宅とが近接しており、しかも村沢宅がほぼ敷地一杯に建てられているため、現状においても村沢方では日照を十分に得られないでいること、本件改築が実行されると、村沢宅の日照の状態は現在より一段と悪化すると予想されるけれども、村沢宅の日照が完全に奪われてしまうわけでもないこと。」が認められるのであつて、右認定の事情に改築建物の規模等を勘案すると、現在以上に北側隣家の日照を阻害することとなるような改築は許されないとする原裁判所の判断における前提自体がむしろ妥当を欠くのであつて、本件改築によつて惹起される程度の日照の阻害は阻害されるにいたることを認めさせる資料はない。したがつて抗告人の右主張も採用しがたい。

(三)  さらに、抗告人は、裁判所が本件のような土地所有者等の承諾に代わる許可を与える場合には、改築建物の種類、構造等を厳密に特定すべきことを法が要求しているにかかわらず、原決定における特定の方法は法の右要求を充足しているといえないから、原決定はこの点において違法であると主張するが、本件のように改築建物が木造の居宅付共同住宅である場合、原決定が建物の種類、構造および床面積によつてした特定の程度で十分であつて(反面からいえば、本件改築建物のような場合には、右特定に用いられた建物の種類、構造および床面積のみが承諾に代わる許可を相当とするか否かの判断に影響を及ぼす事項であるといえる。)、右以上に図面等によつて詳細かつ厳密な特定をなさねばならないものではないから、抗告人の右主張も理由がない。

四、そうすると原決定は相当であつて、本件抗告は理由がないからこれを棄却すべきであるが、相手方は、当審において、改築建物につき、前記第二項に記載した申立をしているので、(右申立によると、改築建物の床面積につき、一階において3.49平方米、二階において6.53平方米の増加をきたしているが、右の程度の変動は本件改築を許可すべきものとする結論を左右しない。)、改築の内容を明確ならしめる趣旨で、主文において別紙目録の変更を宣言することとする。

よつて主文のとおり決定する。(古山宏 川添万夫 秋元隆男)

別紙・抗告の理由《省略》

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